Ciao!! a tutti!!
ミラノショーレポートに引き続き、今度はガエルネ本社を訪ねたときの様子をレポートします。
そもそも、ガエルネという会社が、どんな会社なのか、そこら辺が疑問の方もいるかもしれません。だいたい「ガエルネ」なんて言葉は、およそ日本語の響きには無い、ちょっと変わった言葉でしょ。そんなガエルネを語るのには、ちょっと面倒でもその歴史について、知っておいて損はないですよね。だいたいイタリア人というのは、何かにつけて、すぐに"歴史"を語りたがるのですよ。どの街に行っても、中世の佇まいを未だに、伝統としてかたくなに守っているイタリア人。食事も習慣も含め、彼らはなによりもまず、イタリア人であること、そしてその街の人間であることをアイデンティティーの第一項目にあげる人々。そのかたくなさと、歴史という背景があってこそ、ガエルネのライディングシューズは世界に名だたるものになりうるのです。

創業は1962年
ガエルネの名前でブランド(会社)が起こされたのは、実は以外と最近のことです。創業200年とか、そんな感じもするのですが、実際はまだ40年ほど前のこと。創業社長のエルネスト・ガッツオーラの名前にちなんでネーミングされました。ガッツオーラの「ガ」とエルネストの「エルネ」で「ガエルネ」というわけです。ちょっとしゃれているでしょ。ガエルネのある北イタリア、トレビーゾという静かな地域は、第二次世界大戦の時に、イタリア軍の軍靴を作るために、イタリア中から靴職人やブーツ職人が集められました。戦後、そういった靴職人たちが、復興の中、自らの工房を開き、それはやがて少しずつ大きくなり、会社となり、製品を世界に送り出すまでになっていきました。ガエルネの歴史も、そういった職人たちによって始められました。職人達は、様々な種類の靴やブーツを作りました。その多くは、軍靴の耐久性や、堅牢製を生かし、登山靴やワークブーツとなっていきます。スカルパ、アゾロ、ドロミテ・・・山登りをする方にはおなじみですね。ガエルネも実はこういった登山靴やウォーキングシューズも作っているのですが、やはりエポックとなったのは、今でもメインの商品であるオフロードブーツの生産です。その最初のきっかけになったのが、エルネストの長男ジュリアーノのために、個人的につくったモトクロス用のブーツだったそうです。その品質が多くのプロフェッショナルライダーにも高い評価を得たことから、ガエルネは本格的なライディングブーツの生産に入りました。単に快適さや、軽快さを求めるのではなく、質実剛健なプロフェッショナルな人々への製品をつくる。自らの技術を信じ、その価値を知る人々により、何度も研究開発を繰り返し、ライディングブーツという、フットウェアの中でも、高度な技術が必要とされる逸品が、今もなお生み出されているのです。
いまでも、牧草地や田園が広がるのどかなこのエリアには、ガエルネ同様、そのラインナップをモーターサイクルに拡げていった、いくつものブランドが存在します。それらはアルパインスター、アクソー、ディアドラ・・・みな、同じ歴史と土地の元に生まれたのです。

MASER(マゼール)
トレビーゾ郊外ののどかな地域、MASER(マゼール)ここにガエルネはあります。広く見渡せる田園風景の中、ガエルネの本社&ファクトリーはありました。イタリアンデザインらしいシンプルでモダンな建物です。別の見方をすれば、本当にここで全てのガエルネ製品が作られ、世界に送り出されているのだろうか、と思うほど、シンプル(小さな?)な佇まいです。日本人が考える「工場」とはおよそほど遠い、その姿は、実に穏やかで、それ故に工業製品とは一線を画した、イタリアの革製品に対する職人気質のセンスと底力を感じさせられます。

清潔感あふれるエントランスから、我々一行がまず通されたのは、地下のプレゼンテーションルームです。ここには現在のガエルネラインナップが全て陳列され、さらに今までのガエルネのサポートライダー達の記念すべきブーツも展示されています。まず、訪問者はこの展示品に目を奪われます。
オフロードでは、ガエルネの名を世界に知らしめたミッコラの伝説?のブーツを始め、ズメッツ、ラロッコ、オンロードではW・ガードナーをはじめ、G・マッコイやS・ジベルナウらのサイン入りのブーツが並びます。どれも、その戦いの激しさを物語るように、擦り傷や、使い込まれた痕跡が輝いています。

ここで、ミラノショーでもお会いしたスタッフと共に、エルネスト・ガッツオーラその人にもご対面です。イタリア人にありがちな、あっけらかんとした陽気さとは正反対な、いかにも職人ぽい寡黙な頑固親父風でした。でも私が、片隅においてある古いブーツの箱に興味をしますと、うれしそうに箱を開けながら、「これは、ガエルネのファースト・オフロードブーツだ」といって見せてくれました。"ビクトリー"と名付けられたそのブーツは、現在のプラスチックパーツによるプロテクションなどを持たない、いかにも職人の手による渋いブーツでした。そして私が頼むと、得意そうにそのブーツを持ってポーズを決めてくれるあたり、やっぱりこの人もお茶目なイタリア人でした。

ファクトリー訪問
さていよいよ、本邦初公開となるガエルネのファクトリーです。モダンなデザインのオフィスルームを通り過ぎて、扉を開けるとそこには決して大きいとはいえないけど、実に様々な機械と職人達が、ブーツを作っています。だいたい人数は2、30人ぐらいといったところでしょうか?老若男女、いろいろな人が、ラインをつくりながら、整然と並んでいます。よく見るとけっこう高年齢の人も多く、いかにも熟達した職人風の、しわの刻まれた人もたくさんいます。
一番手前は、大きな革をブーツのパターンに合わせて、裁断するところ、この人の腕前は、ひとつの革から、どこまで、合理的な裁断を行えるかにかかっているということです。洋服の生地と違って、革はどれも不定形な上に大きさも違うので、それを見誤ると、とんでもない無駄を生んでしまうからです。もちろん革はどこでも同じではないので、そのあたりも見ながらの作業になります。
さらにその革をブーツの形に整形するために、いろいろと下仕上げが施されます。

いくつかのブーツの部分が、整形されると、そこにひとつずつ、バックルなどの金具類が取り付けられます。このあたりの作業は、比較的女性が多かったですね。
実際にブーツらしくなるのは、縫製が始まる段階からです。このあたりは、ミシンによる手作業です。まずはブーツのスネのあたりから、縫い合わせていきます。ここもまた、女性の仕事場のようでした。久しぶりに聞くミシンの音は、私にはなぜか心地よいものです。

実は、私の母はミシンを仕事の道具にしていました。父は裁断です。母は生まれたばかりの私をおんぶしながら、ミシンを踏んでいたそうです。裁断くずの中で転げ回って遊んでいた記憶もあります。ついでにいうと祖父は浅草の畳屋でした。そんな環境に暮らしていたので、ミシンの音はとりわけ親しみやすく、つい和んでしまいました。
脱線ついでに、思い出されるのはスタジオジブリの「紅の豚」という映画。そこに描かれたミラノの女性ばかりの飛行艇工場です。もちろん、現代のファクトリーは、映画のような雰囲気とは全く違うものですが、工場長の「女はよく働くよ」という言葉と、実に凛々しい女性達の表情が、この工場で働く女性達にも共通するものがありました。男の方は、というと、真面目な顔で、しかつめらしく製品を眺めながら裏返した後で、こちらをちらっと見て、ニヤッと笑ったりするあたりが、かっこよかったな。

おおよその部分ができあがると、それらを縫い合わせるのは、かなり特殊な機械達です。ガエルネのブーツを手にした人なら、どのブーツも表の革や、裏地、何重にもなった靴底などが、複雑に重なるように縫い込まれていることにお気づきでしょう。このように、厚い革をいっぺんにいくつも合わせて縫うのは、かなり力のいることです。そのあたりは、きっと昔は畳屋のオヤジよろしく、はちまきして太っい針で肘を使いながら縫い合わせていたことと思うのですが(多分)、今では、専用の機械がそれをやってくれます。

でも、機械がやるといっても、それは、あくまでも特殊なミシンといったようなものであって、右に材料を入れれば、左から製品がでてくる、というようなものでありません。その機械の達人が、ひとつずつ、慎重に作業を進めています。靴底や、いくつかの部品は接着剤も使います。これも、ひとつずつ刷毛で作業されます。でも、この接着剤、あまりシンナーくさくなかったな。
こうして、ラインを流れながら、ブーツはひとつずつ、というよりちゃんと一足分ずつできあがっていきます。接着剤の乾燥が終わったものから、最後の仕上げにかかります。余分な革を取り除き、何度も成型し、丹念な仕上げを施されて、最後にもう一度金具類が、全て取り付けられて、検品係の人の元にたどり着きます。ここでまた、さっきのエルネストに会いました。やはり製品の出来具合が気になるようです。でも私がカメラを向けると、自分ではなく、仕事をしている職人達を撮れといって、どこかに行ってしまいました。

こうして、みなさんが手に(足に?)しているブーツは何人もの手を経て、実に丁寧に作られていました。ブーツは決して、安い商品とはいえません。それに、一度使ったら捨ててしまうような消耗品でもありません。足になじんだブーツは、たとえ少しぐらい壊れても、修理して使っていきたくなるものです。そのためにガエルネでは、リペアパーツも充分に用意しています。もちろん壊れたら買い換えてくれた方が、会社は儲かるはずです。でも、せっかく丹誠込めて作ったブーツが気に入ってもらえるのであれば、修理して永く使い続けて欲しいというのが、職人達の願いでしょう。それでも、激しいライディングの後に、寿命がつきたなら、もう一度ガエルネ製を手にしてもらえるという自信があるのだとも思います。

ハンドメイドという意味
なぜか私たちは、工場で作られるものは、どれも同じで無機質なものだ、と決め込んでいるような暮らしをしています。それが、どういう人間の手によるものかなど、普段はあまり気に留めません。でも、こうして実際に仕事をしている人々を見ると、その考えがとても間違っていることに改めて気づかされます。
仕事の最中におじゃましたにもかかわらず、職人達の手は、一瞬も休まず動き続けていました。カメラを向けても、いやな顔ひとつせず、黙々と仕事に打ち込む姿は感動的でもありました。あとで、撮った写真を見ると、多くの写真で職人の姿は映っているのに、その手はハイスピード動いているために流れてしまっていました。その素早い動きのひとつひとつが、クラフトマンシップとはこういうものだと、語っているようでした。
ちなみにジャペックスでは、ガエルネとの連携は単に輸入代理店という関係ではなく、様々な技術的な意見交換や、製品化までのプロセスに大きく関わってきています。そうやって、いくつもの日本専用モデルさえ生み出されています。例えば、今やガエルネの代名詞ともいえるED-PRO、これはまさにジャペックスとガエルネの緊密なコラボレーションの結晶ともいえるモデルです。その品質は今や世界の求めるところとなり、今年からワールドモデルとして世界中のオフローダーに供給されています。彼らのクラフトマンシップに対する良き理解者であり、職人ひとりひとりとも、名前で呼び合うコミュニケーションがあって、はじめてこうしてファクトリーの中を歩き回ることさえ許されるのです。

MEET THE WORLD
伝統の技術と歴史、現代のハイテク化されたモーターサイクルの世界にあって、それでもなお、手作りにこだわり、それ故に評価されるブーツづくり。身につける道具としては、もっとも複雑で、様々な要素が求められるものでもあります。より、堅牢で、より生身に近く、そして充分な機能を持ち合わせなくてはいけません。そしてそれを実現するためには、単に見た目の出来不出来だけでなく、小さな作業ひとつずつに、魂を込めるような方法しかないのかもしれません。スローライフ運動発祥の地であるイタリアならではの、昔ながらのやり方が、今世界中のライダーの足元を守っているというのは、何とも素晴らしいことだと思うのです。やりがいのある仕事、とはこういうものかもしれません。そんな誇りが、彼ら一人ひとりから感じられたというのは、いうまでもないことです。
ディストリビューターとしてのジャペックスは、単にモノを売るだけの関心しかない会社ではありません。ガエルネがそうであるように、そこに含まれるとてつもなく豊かな事柄を、多くの人々と共有することが、一番の使命なのではないかと考えているのです。
出来れば今度、ガエルネのブーツを手にとって、一度じっくり眺めてみてください。単にブーツの形をしたオブジェではなく、ちょとしたディティールに目がとまったら、その仕事のひとつずつが、北イタリアの、トレビーゾの、マゼールのイタリア人の、男や女の職人達の手仕事の結晶なのです。あなたのモータサイクルライフが、世界と、歴史に繋がる瞬間ですよね。